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「徘徊癖」で垣間見れた父の「実りある季節」

【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第十二回

それでも。父の「実りある季節」を知ることができた

 それでも徘徊癖を通じて、ひとつ新しく知ることができた父の姿がある。

 父はときどき、以前に勤めていた学校へ出かけようとした。リュックを背負って出かけようとする父に「どこ行くの?」と聞くと「学校だ。○○学校へ行ってくる」と答えた。

 父はずっと教師として働き、校長先生をやっていた期間も長い。晩年には、ある新設学校の初代校長を務めた。父が出かけようとしたのは、いつもその新設学校だった。

 入院中の母にその話をすると、こう教えてくれた。

「認知症の人はさ、自分がいちばん充実してた頃に戻るんだって。おとうちゃんは、○○学校に勤めていた頃がいちばん充実してたんじゃないかね」

 父がその学校の校長だった頃、ぼくは離れて暮らしていたから当時のことは何も知らない。父の仕事ぶりを想像したこともない。

 母からの話を伝え聞くに、新設学校の初代校長というのはとても大変で、それゆえにやりがいのある仕事のようだった。校歌をつくる作業などから始まり、学校のあらゆる礎を一から築かなくてはならない。

 すっかりボケてしまい、とっくの昔に退職した勤務先へ出かけようとする父の行動は、滑稽なのかもしれない。

 しかし、それが仕事ひとすじだった父の、もっとも実りある季節を再現する行動なのだとしたら、ぼくはそれを笑えない。

 教師人生の最後に充実した日々があったこと。これが父の徘徊癖のおかげで知れた、息子の知らなかった父の顔であり、父への敬いの気持ちを抱かせてくれた大切な出来事である。

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夕暮 二郎

ゆうぐれ じろう

昭和37年生まれ。花火で有名な新潟県長岡市に育つ。フリーの編集者兼ライターとして活動し、両親の病気を受けて帰郷。6年間の介護生活を経験する。



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